
← 生命科学の冒険者16 Aug · 31 min
088.【求婚状】”私には財産が一切ありません”――貧乏研究者が学長の娘を射止めるまで『ルイ・パスツール04』
前回、酒石酸の光学異性体という化学史に残る大発見を成し遂げたルイ・パスツール。しかし今回は少し時計の針を巻き戻し、その発見の裏側で何が起きていたのかをお届けします。
実はあの大発見のわずか3ヶ月前、フランスは「二月革命」の真っ只中にありました。市民蜂起の熱狂に飲まれた25歳のパスツールは、なけなしの全財産150フランを新政府の寄付金箱へ投げ入れ、「銃をとって街を守る!」と義勇軍にまで志願します。しかし元軍人の父からの一言でハッと我に返り実験室へ戻ると、その3ヶ月後にはあの歴史的発見を成し遂げるという、振れ幅の大きすぎる青春時代でした。
しかし大発見の”ご褒美”として言い渡されたのは、まさかの地方高校教師の辞令。地方に飛ばされて教育者になるより、研究を続ける化学者でありたかったパスツールは師匠たちに泣きつき、なんとかストラスブール大学で得たのが「補佐教授」という不安定な立場でした。そんな極貧生活のさなか、パスツールは大学総長の娘マリーに一目惚れし、出会ってわずか1ヶ月後に求婚状を送ります。
「私には財産というものが一切ありません」
自分の貧しさを包み隠さず告白したこの手紙が、なぜか学長とマリーの心を動かしました。結婚後も貧しい新婚生活は続きますが、パスツールの実験中毒はむしろ加速。前回発見した”右手と左手を持つ分子”の知識を武器に、当時”神の領域”とされていた超難問へ挑みます。それは、天然の酒石酸(右利きの分子)を人工的に”裏返し”、右手と左手が半分ずつ混ざったラセミ酸を作り出すという前代未聞の挑戦でした。170度の高熱で薬品を密閉加熱するという爆発の危険と隣り合わせの実験の末、1853年、ついに分子の右手を左手にひっくり返すことに成功します!
【今回のハイライト】
・大発見のわずか3ヶ月前、革命の熱狂に全財産を投げ込んだ25歳パスツール
・研究者であり続けたい一心で師匠に泣きついた”教師人事回避劇”
・”財産ゼロ”を正直に告白した伝説の求婚状
・貧乏研究者を支えた妻マリーの無償の献身
・170度、爆発覚悟の命がけの実験
・賞金1,500フランと父と同じ勲章を勝ち取った瞬間